振り返りの医学部受験

何年か前に息子が医学部受験を経験しました。受験中は何がなんだかわかりませんでしたが、今だからこそ「ああなるほどなあ」と思うところがあります。

数年前の駿台模試でのD・Eオンパレード

大学受験時代の問題集等は結構処分してしまいましたが、模試の成績表はそれほど嵩張らないので、残っています。


6月、7月にあった駿台模試の成績を見てみました。


これがなかなか酷い。

ブログ村にエントリーしている人でこんなに酷い人はいないだろうな、と感じるほどです。


まず、駿台全国模試。

志望校が5校しか書かれていません。

しかも、そのうち2校は同じ大学の異なるタイプの選抜方法ですから、実質的には4校しか書いていないことになります。


この頃はまだ私立医学部についての知識が息子にほとんどなかったんだと思います。


さて、肝心の成績ですが、E、E、D、D、Dです。

なかなかのものでしょう?



次に駿台全国マーク模試。

こちらの方は、成長の後が見られます。

いえいえ、成績の成長ではなく、志望校が目一杯8校書いてあるという意味です。笑


この8校のうち国立後期を除くと全ての大学を受けましたから、この時点で受験校が確定していたことになります。


ただ、成績の方はというと、E、E、E、E、E、D、D、Dです。

上昇の兆しすらありませんね。


実際の入試では、このうちほとんどの大学に合格していますから驚きです。



まあ、こんな成績をとっておきながら、その後の暑い夏を頑張った息子はなかなかのものだと関心します。


親の私も夏には腹が括れましたね。

1年目は全落ち可能性大と確信しました。


この頃、予備校に行くなら、駿台市ヶ谷と河合塾麹町のどっちがいいかなあ、と研究を始め、前者に「志望校」を絞った記憶があります。


息子に対してもっと失礼だったのは、当時の模試の偏差値で、駿台市ヶ谷に無試験で入れてもらえるかどうかをネットでチェックしていたことです。

何とか「入学」できそうでした。


この話は当時家内にだけは話し、息子にはその後も一切言ってありません。苦笑



現時点で模試の成績が合格にほど遠くても、まだまだ勝負はこれからです。

我が家のようなこともあります。


受験生の諸君、頑張れ!